「こんな狭い土地で、家が建つかなあ？」 アーキッシュギャラリーのビルに入ったときは、こんな気持ちだった。我々夫婦は、二人だけの世界観が持てる住居を考えていた。この土地は、私が幼少の頃からあったもので、資材置き場として父が活用していた土地。小さいときによく遊んだものだった・・・。まさか、その思い出の土地に住むことになろうとは夢にも思わなかった。
「家が建つかどうかと言われれば、家は建ちますよ。」
それが、コンダクターの倉知さんの最初の言葉であった。その言葉を聞いたとき、私は数ヶ月前の妻の言葉を思い出した。
「私たちの願いを叶えてくれそうな会社が見つかったわよ。」
私は、この妻の言葉を信じて良かったと思った。それは、正に桜の花が咲く頃だった。
「建蔽率30％、容積率100％、高さ制限10m、風致地区という制限の中で、最大限の住居が確保できる家を考えてください。」
次に、私が言った言葉は、それだった。
私の条件をすべて受け入れてくれた、建築家は道家先生だった。私は、出身大学が同じということで親しみを持った。彼が創り出すスタイリッシュな設計図に私たちは、魅了された。私たちの夢が膨らむ。
「私たちの夢？」
私は、ジャズピアノを弾き、妻は油絵を描く。つまりその空間が共有できる住まいが我々の夢を創っていく。家の地下1階部分に、音楽が流れ、且つアトリエとなるフロアがある。1階は、玄関部分である。2階は、キッチン及びリビングである。3階は寝室部分となる。
そこに至るまでの階段部分、トイレ、バスルームと流れるような美しい導線の完璧な造りの家であった。
ほどなく工事が始まった。工事担当の村瀬さん、中村さんを初めとして、スタッフの皆さんは、一生懸命に取り掛かってくれた。時折、アーキッシュギャラリーの中でお見かけする成瀬さんの笑顔も我々夫婦の心を和ませてくれた。
アーキッシュギャラリーの門をたたいて、1年が過ぎた。また桜の季節がやってきた。いよいよ、我が家の完成だ。この春の季節には、何かと縁がある。そういえば、我々夫婦の結婚記念日も4月4日で桜の季節だ。
今、我が家では音楽が流れ、家全体がギャラリーとなっている。そして、家の前には、看板がある。
「K's Music ＆ Art Studio」
私たちの夢の始まりだ。
この家に関わってくださったすべての皆様に、感謝の気持ちを伝えます。
「私たちは、幸せです。ありがとうございました。」と・・・。
設計者コメント
ご主人はジャズピアニスト、奥様は画家、というお二人揃ってアーティストであるご夫婦のための家です。外壁後退1.5m、高さ制限10m、いわゆる日影規制もあり、そういう条件下で最大限地上に確保できるボリュームを導き出しました。得られたボリュームは直方体の頂部が削られたような形態となりましたが、その中に必要な機能をただ単に押し込めるのではなく、内部の空間をいかに立体的に体感して貰えるか、「広さ」と「大きさ」を感じて貰えるか、を課題として考えました。全体をほぼ三層のワンルームとみなし、地下階にご夫婦のアトリエ、地上三層分に生活空間を積層させ、各層の階高、天井高を操作し、フロアを微妙にずらすことで、視線の「抜け」をつくりだし、空間の変化と伸びやかさを感じられるようにしています。最上階の浴室空間は、階段や、他のフロアからは切り離され、いわば宙吊りになることで、家の中にいて、軽い浮遊感を感じます。外壁後退の対象外である出窓を多用し、室内容積をより広く確保しつつ、全長3mまでは外壁後退が緩和されるのを利用して、室内中央部に光と風を導く仕掛けを設けました。小さな工夫を積み上げて、密度の高い空間ができたのではないかと思います──出来上がった空間が、ご主人のピアノ、奥様の作品と心地よい調和を奏でてくれることを願いつつ。
- 設計事務所
- 道家洋建築設計事務所 道家洋
- 得意分野
- 個人住宅など
どの様な形であれ、家は、オーナー様の方々の個性を反映させるものだと思います。そして、建てる場所の個性も、そこには映し出されます。人の個性、場所の個性を想像力豊かに引き出すことが出来たなら、とても幸せなことだと思います。
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